説話分析



★自分の子であることを疑う話★

古事記の「袁杼比賣」は、書紀の「童女君」とされるが、
「童女君」の生んだ娘について、次のような話が載っている。

>(物部)大連、對へて曰さく、
>「臣、女子の行歩くを観るに、容儀、能く天皇に似れり」。
>天皇の曰はく、
>「此を見る者、咸言ふこと、卿が道ふ所の如し。然れども朕、一宵
>與はして娠めり。女を産むこと常に殊なり。是に由りて疑を生せり」。
>大連、曰さく、
>「然らば一宵に幾廻喚ししや」。【では一晩に何回しました?】
>天皇の曰はく、
>「廻喚しき」。【7回しました】
>大連の曰さく、
>「此の娘子、清き身意を以て、一宵與はしたまふに奉れり。
>安ぞ輙く疑を生したまひて、他の潔く有るみを嫌ひたまふ。
>臣、聞る、産腹み易き者は、褌を以て體に触ふに、即便ち
>懐娠みぬと。況むや終宵に與はして、妄に疑を生したまふ」。
>天皇、大連に命して、女子を以て皇女として、母を以て妃とす。

ここで「目大連」の言葉は、どう考えても、
「天皇」である「大泊瀬幼武」を窘めている。
当時の天皇と臣下の関係が伺えて非常に面白い。

最後のところ「況むや終宵に與はして、妄に疑を生したまふ」は、
「まして一晩中やりまくって、そんな風に疑いをかけるなんて!」。
この言葉を受けて、「天皇」は「采女」の娘を「皇女」に位置づけた。
(その名前を「春日大娘皇女」もしくは「高橋皇女」という)

***

注目すべきは、「廻喚しき」という言葉。
ここに「七」が使われている。さらに加えて、
政治的に見れば、上記のエピソードはやはり、
「物部」と「春日和珥臣深」の繋がりを示す。
「目」と「目」の繋がり。「目」のグループなのだ。

さて、「目」と「七」が揃えば、当然ながら、
歳」の時に安康天皇を殺した「弱王」だ。
上記のエピソードの雄略天皇は、安康の同母弟。
雄略が「春日大娘」を取り立てなかった背景には、
「目弱王」と「丸邇之佐都紀臣」の結びつきがある。

#この「自分の子でないと疑う」パターンは、
#「ホノニニギ」が「木花之佐久夜毘売」を疑う
#有名なモチーフを踏襲している。(これは後述)

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