1月9日(土) 07:39 am 深山家
………のピンポイント予報です。午前中は曇りで、お昼からは晴れ間が広がるでしょう。予想最高気
温は例年より高く、7度………
「みさき、大丈夫かな………」
普段、特に見ることの無い全国の天気予報。ご丁寧に、丁度みさきが行く地方のピンポイント予報
までやっていたため、わたしはリモコンに伸ばしかけていた手を止めた。
みさきのことだから、きっと転んで「うー、痛いよ〜〜〜」とか言ってそうな気がする。
画面のいたる所には雪。街を行く人々は、寒そうにロングコートや見るからに分厚そうなブルゾンを
着込んでいる。そして片隅の表示には、想像するだけでも風邪をひきそうな「-1度」という文字。普段
はもっと寒いんだそうだ。
「こんな時期にわざわざ行くなんて、正気の沙汰じゃないわねー」
自分がそそのかしたことを棚に上げ、言ってからそのことに気付く。
みさきの行動力には正直驚かされる。もっとも、今回は食欲の方かな………
7年前、みさきは失明という名の絶望を突き付けられた。
光を奪われるということが、どれだけ辛いことなのか。まだ幼かったわたしには、想像もつかなかっ
た。
いや、多分それは今でも判らないと思う。わたしがこの「光ある世界」に居る限りは。
「本当はね……あの時、死んだほうがいいのかなって何度も考えたよ。でも、雪ちゃんとの約束、守
りたかったから………だから、『ありがとう』だよ、雪ちゃん」
『一緒にこの高校に入学する』―――それは、幼い日に交わした二人だけの約束だった。
高校の入学式の後、みさきが屋上で照れくさそうに言った心からの言葉を、わたしは忘れない。
嬉しかった。目に見えないものを、みさきがずっと見続けていてくれたことが。みさきが、わたしの幼
なじみでいてくれたことが。
高校では、みさきは目が見えないなんてことを、これっぽっちも感じさせないほど元気だったけど、知
らない場所―――「外の世界」へは、一歩すら足を踏み出すことはできなかった。
記憶の中に刻まれた場所だからこそ、そこは「みさきが『川名みさき』でいられる世界」であり、ごく
当たり前に日常を過ごせる場所だった。
知らない場所では、わたしだって少しは不安になる。まして、目の見えないみさきにとっては恐怖で
しかない。
わたしにできたことは、手を差し伸べることだけ。その手を取ってからは、みさき自身が歩きださなけ
れば意味がないのだから………みさきが、ひょっとしたら、死ぬことよりも辛いかもしれない道を歩き出
した日のように。
外の世界へ向けての一歩目。たった一歩だけど、それを踏み出すための勇気はもっと大きくて。
高校を卒業すると、わたしたちは別の大学へ進む。そして、みさきは世界の大半を失うことになって
しまう。その日は確実に近づき、判っていても何もできない自分が歯痒かった。
でも、高校を出て間もなく、あの子は変わった。合格はしていたものの、あれほど躊躇っていた大学
へ行くことを決め、わたしは勿論、両親は驚いて思わずお赤飯を10合も炊いたぐらいだ。
―――みさきがそれを平気で平らげたなんてのは、『おいしかったよー』と嬉々として話していたいつ
もの口調で、聞くまでも無いことだったけど。
『いつか、新しい世界を一緒に見たい人が居るんだよ………約束、信じてるから』
初夏の浜辺で、潮風を受けながら、みさきがそう言ったことがある。
微笑んではいたけど、みさき表情はどこか寂しそうで、それ以上はあまり触れないでおこうと思った。
今は言えないのなら、いずれ話してくれる時が来る。『約束』をみさきが信じているのなら、わたしも
信じよう。そう決めた。
ただ、幼なじみのわたしにはできなかったことが、『彼』にはできた。それがちょっと………かなり悔
しかったけど。
『それでは中継を終わります』
羽根が生えたリュックを背負った子が、とてとてとカメラの前を駆け抜けて行った。
「早く戻ってきなさいよ………」
わたしは、まだ会ったことの無い『彼』に向かって呟き、ぬるくなったマグカップのコーヒーを、一気に
飲み干した。
7時45分、そろそろみさきが乗る飛行機の離陸時間だった。