| 「『天才少女論客』三好万季の裏で蠢く タカ派親父は詐欺師だった!の証明」という噂の真相 その1 それはこんな書き出しで始まっている。 「いや、最初からアヤシイとは思っていたのである。『中学三年生』『完璧な文章力』 『インターネットを駆使』。いかにもマスコミ受けしそうな、そして機械オンチのオヤジ ゴコロを刺激しそうな記号の数々。偶然出てきたにしてはちょっと出来すぎだったから だ。 他でもない、『文芸春秋』誌上で『毒入りカレー事件 犯人は他にもいる』というレポ ートを発表し、一躍脚光を浴びた三好万季チャンのことだ」(「噂の真相」1月号38ペー ジ) いや、最初からクルナ!とは思っていたのである。「背後の黒幕」「父親が代作」「マ ルチまがい」「タカ派養成ギブス」「詐欺の片棒」。いかにもゴシップマニア受けしそう な、そして欲求不満族のノゾキゴコロを刺激しそうな記号の数々。用意周到にネタ集めし たにしてはちょっと出来が悪すぎたようだ。 他でもない、『噂の真相』誌上で「『天才少女論客』三好万季の裏で蠢くタカ派親父は 詐欺師だった!の証明」というレポートを発表し、低劣な中傷と悪罵を投げ付けた噂の真 相特別取材班のことだ。 始めにある事実を明らかにしておきたい。わが家は「噂の真相特別取材班」の監視を受 けている。そして祝祭日のたびに、玄関に国旗を掲揚するかどうかのチェックを受けてい る。そして、記者と称する男性から、しつこい電話がかかってくる。 「『田代京子』さんは、お宅の娘さん、つまり三好万季さんですよね」 と、しつこくしつこく聞いてくる。その上で、『正論』の「田代京子」論文について、 延々と内容を繰り広げ、 「三好万季さんが書いたことに違いありませんよね。否定してもだめですよ。うちの調べ では、そういうことになっていますから」 と、強引に同意を求めてくる。 その上で、 「×日はなぜ、日の丸を掲揚しなかったのですか」 「○日は掲揚しておられましたよね。○日は掲揚して、×日は掲揚していない。何か理由 があるのですか」 などと追求してきて、なかなか電話を切らない。 玄関の外で見知らぬ男が監視をしている。ひょっとすると、尾行されているかもしれな い。こうした気味の悪さと、生活を覗かれているという不安は、一度体験すると絶対に消 せない。 何せ名だたる人権蹂躙の暴力雑誌だから、何をされるかわからない。何を書かれるかわ からない。そしてついに最大限の攻撃が開始されたのである。 まずは「●三好万季の文章は父親が代作か?」という小見出しを立てて、「万季チャン の背後にある黒幕の存在」、つまり父親である私の代作疑惑のでっちあげである。 「そう、万季チャンの『黒幕』は日の丸チェックにも一緒に出掛けた、あの父親だったの である。この父親の名前は三好義光」 最初に娘が『文藝春秋』に原稿を持ち込んだ当時、娘は15歳。中3の受験生だった。そ れなりに多忙であった。当然誰かがマネージメントを引き受けなければならない。私自身 仕事は多忙であるが、その仕事の傍ら、その役を引き受けてきた。役割のうち最大のもの は、取材の申し込みに対するスクリーニングである。 基本的な姿勢は、少しでも露出と負担を少なくするということである。とくにテレビに ついては、娘の問題提議より、娘そのものへの関心を中心にする取材を全て断ることにし てきた。受けるからには、意義のあるメッセージの発信に繋がるものでなくてはならな い……これを基本的なスタンスとしてきた。 娘もきわめて淡泊である。『四人はなぜ死んだのか』の著者であれば、1冊でも多く売 れることが著者の本懐であるはずである。でも、そういう意味では、版元にも申し訳ない が、娘には1冊でも多く著書が売れるためにする積極性は微塵も無い。 『噂の真相』に一貫する手口は実に狡い。都合のいいように、固有名詞のない「コメン テーター」を使う。最初に登場するのは「ある論壇誌編集者」である。そして見てきたよ うな嘘のストーリーをでっち上げる。 「あの原稿は当初、父親の義光さんが『文藝春秋』に持ち込んだものなのです」 「そこで文春側としてはせめてペンネームにするよう産経に要求したということです」 私が文藝春秋に持ち込んだことからして、こんな事実は全くありえないのだが、仮に事 実であるとして、こうした「事実」を知りうる「ある論壇誌編集者」がいるとすれば、そ れは文藝春秋社および産経新聞社の中の論壇誌編集者に限られるということになる。 『噂の真相』は、こんな恐ろしいことを、平気ででっち上げているのである。 「『義光サンのステージパパぶりは有名ですよ。売り込みはもちろん、作文の指導・添削 ・校正を受けてきたのも万季チャン自身が認めていますしね。実際、万季チャンは絶対に 義光サンのいうことにはさからわないようです』(前出・論壇誌編集者)」 「ステージパパ」には笑ってしまう。父親として、マネージャーとして、最低限度のこと をするのは、当然の役割であり義務である。「作文の指導・添削・校正」はともかく、父 による娘の「売り込み」を、いったいどこで「万季チャン自身が認めてい」るというのだ ろう。 こんなことを「噂の真相特別取材班」にネタとして提供する論壇誌編集者が、それも文 藝春秋社か産経新聞社の中に実在するのであれば、ぜひとも会ってみたいものである。 私も人の親であるし、またマネージャーも兼ねている以上、娘がよい仕事をできるよう なチャンスは、できるかぎり与えたいとは思う。でも学業優先の高校生を、タレント並み に忙しい生活に駆り立てようなどとは、寸毫も思わない。私や娘を知っていて「ステージ パパ」呼ばわりする論壇誌編集者って、いったい誰なのだろう。本当に会ってみたい。 「特別取材班」はさらにトーンを上げ、「代作」疑惑に迫って見せる。 「しかし、義光の役割はたんにアドバイスをしているとか、売り込みをしているとかいう レベルの話ではないのだ」 として、私の旧著である『気力こそ自立への根っこ』を持ち出している。 「〈権威が否定されるとき、集団は規範を失い、個人はアイデンティティを失う。規範を 失った集団は、早かれ遅かれ、例外なくアノミーに陥る〉〈わが家に家庭崩壊がないの は、はっきり言って父の権威が失われていないからである。父の権威というのは決して 「親父の拳骨」ではない〉(田代京子「日の丸のこと、君が代のこと」) 〈権威のない環境には、規範も秩序も協同も共尊も愛情も自信も誇りもアイデンティティ も育ちません。権威のない民主主義は、エゴと衆愚と堕落と分散とアノミー(混沌)と崩 壊を生むのみです〉〈幸せな家庭をつくる上で、父親の権威は絶対に欠かせません。父親 の権威はいわゆる〃げんこつ〃ではありません。(三好義光『気力こそ自立への根っ こ』) これは似ているなんてものじゃない。『田代京子』の論文は父が代作していたのではな いか、或いは自分の書いた文章を下敷きに、言葉尻だけ万季に書き直させているのではな いか、そんな疑惑さえ浮かんでくるのだ」 「田代京子」の文章は、ごく普通の常識である。どこの誰が書いても、とくに不思議では ない。もちろん『噂の真相』がこうした論旨を常識であると認めたがらないというのも、 これまたよく理解できる。なぜなら、アノミーの深刻化と『噂の真相』の発行部数には、 強い正の相関があり、だからこそ全ての「権威」を否定して、アノミーの深刻化を諮る触 媒誌の道を選んでいるのだから。 いっぽう私の文章は、決して一般的ではない。「規範も秩序も協同も共尊も愛情も自信 も誇りもアイデンティティも」という言い方は、一般的ではない。とくに「共尊」という 言い方は、あえて私が「共存」をそうしたのである。 「田代京子」が私の娘であるというのであれば、父親である私の著書を何度も読むくらい は当たり前。その父親の娘とされる人物が、引用のような文章を書いたことを、どうして これほど大袈裟に騒ぎ立てるのだろう。要するに若い世代が、こうしたまっとうな常識を もつようになることが、「噂の真相特別取材班」にとっては、たまらなく苦にがしいだけ なのである。 鬼の首でも取ったように、意気込んで引用してみせた部分にして、実はこんな代物であ る。さらにこれを補強しようとして追加した証拠は、もはやお笑い草としか言えない。 「いや、『田代京子』の論文だけではない。万季チャンが本名で出版し、ベストセラーに なった著作『四人はなぜ死んだのか』にも、そっくりの記述がある」。 〈私は料理を作ることが好きですが、三歳のときのことは今でもはっきり覚えています。 ある日私は、「今日の食事は私に任せてね」と言ったのです。母と祖母は、とんでもない という顔をしました。ところが父は、こう言ったのです。「面白い、やらせてみようじゃ ないか。お母さんもおばあちゃんも、絶対に手出し、口出しをしちゃいけない。万季の自 由にやらせよう。万季、やってごらん」〉(三好万季『四人はなぜ死んだのか』) 〈長女が料理に興味をもったのは、三歳の時でした。ある日突然、「今日は、万季に料理 つくらせて」といい出したのです。家内と母は、なにをいい出すんだろう、この子は、と いわんばかりに、驚いていました。間に入った私は、すかさず、「おもしろい、やらせて みようよ。万季、やってごらん。おばあちゃんもオマエも、絶対に口出し、手出ししては いかん。だまって見てようじゃないか」〉(三好義光『気力こそ自立への根っこ』) 他にも、構成・比喩・言いまわしなど、『四人はなぜ死んだのか』には、義光の著作と ほとんど同じ文章が多数存在するのだ。代作かどうかはともかく、少なくともそこで開陳 されている主張は、父親の主張そのものなのである」 これはもう冗談としか言いようがない。私と万季は、生活を共にしている実の親子なの である。数え切れないほどの体験を共有している。親と子の双方が、忘れることのできな い一つの共通体験を、それぞれの立場から書いたまでである。どうしてこうしたごく日常 の風景を、私が万季に代わって代作しなくてはならないというのだろう。 さんざん代作の疑惑を上げつらっておきながら、 「代作かどうかはともかく」 と逃げを打ち、その揚げ句、 「少なくともそこで開陳されている主張は、父の主張そのものなのである」 と論難する。父親と娘の主張がたまたま同じだからといって、それが何だというのだろ う。ましてその主張が、『噂の真相』には受け入れがたい主張であっても、世間一般の常 識にそった健全な主張であるならなおさらである。 中身が無い文章に限って、いかにも事ありげにもったいぶって見せるもの。今回の「代 作」疑惑を騒いで見せた「特別取材班」の文章などは、まさにその典型例である。 娘のことだけでは足りないというのか、別の所ではこうも書く。 「それにしても、なんという奇妙な親子なのだろう。娘を『天才少女論客』に仕立て操り 悦に入る父親と、その父親の言うがままにタカ派論文を発表する娘──。いや、万季チャ ンだけではない。実をいうと、義光には他に彼女の兄にあたる息子が一人いるのだが、こ の兄・正記もまた、15歳の時に史上最年少で司法試験1次を突破し、天才と騒がれた人物 なのだ。夢は国際派弁護士、2次試験を突破するのも時間の問題と、当時の週刊誌をにぎ わせ、高校3年生の時には、産経新聞のオートスカラシップ『高校生文化大賞』に入賞。 しかもこのとき、彼の書いた論文のタイトルは『ヒロヒト・ザ・ヒーロー』だった。 とすると、この父親は『巨人の星』の星一徹のようなものなのだろうか。自分の思想を 子供に体現させるために、幼い頃から『タカ派養成ギブス』をはめ、鍛え上げてきた倒錯 した父親──」 息子が「ヒロヒト・ザ・ヒーロー」で受賞した賞は、実は文部大臣奨励賞である。当時 の自・社・さ政権下の文部大臣は、社会党の赤松良子氏だった。「噂の真相特別取材班」 によれば、社会党出身の文部大臣が、「タカ派養成ギブス」をはめられて書き上げた論文 に大臣賞を贈ったという皮肉になる。 息子は幼稚園の年長の後半から中2の前期までの8年間、親許を離れて単身香港に留学 していた。たとえ「巨人の星」の星一徹であれ、「自分の思想を」海外にいる「子供に体 現させるために、幼い頃から『タカ派養成ギブス』をはめ、鍛え上げ」ることなどできる わけがない。 ここで私の子育て史を、手短かに振り返っておきたい。私は昭和51年生まれの息子・正 記と、昭和58年生まれの娘・万季を育てた。「人は環境の子なり」「子育てとは自立させ ること」「使命とは生かされている命の使い方」という信念を羅針盤に、また親業は職業 よりも大切であり、優先するものと思いながらである。そして私の子育てのプロセスは、 私の著書『子には魚を与えるな 釣り方を教えよ!』(主婦と生活社)および『気力こそ 自立への根っこ』(創教出版)に記した。 また、総合幼児教育研究会の常任講師を委嘱され、約8年間、全国の幼稚園・保育園の 父兄や職員を対象にした教育研修に出講してきたが、その中でも、できる限り私自身の子 育て経験を爼の上に載せて披露するようつとめてきた。こうした経緯から、わが家の子育 ての実践は、すでに多くの人の知るところとなっている。 子育ての実践にとって最も大切なものは、親の生き方であると信じている。子に恥じな い生き方をしなくてはならないから、「子育ては親育ち」なのだと思う。 事業家として生きてきた私は、成功だけでなく、何回か失敗の蟻地獄に落ち、「血の小 便」の苦しみも経験した。大きな借金も抱えたし、不本意ながら人様に多大の迷惑をかけ てきもした。そうしてそのつどリベンジを誓い、約束し、公言しつつ、チャレンジを試み てきた。 私はそのプロセスの全てを、成功も失敗もそのまままるごと、2人の子どもに見せてき た。2人の子どもを含めて、5人家族のわが家は、どんなときにも苦楽を分かち合ってき た。差し押さえと競売で冷蔵庫の無い夏を経験したり、電器店から下取りの古い冷蔵庫を 貰ってきて凌いだりもした。 わが家の家庭内教育についていえば、私は日本の学校教育に欠けているものを補い、日 本の学校教育では歪められているものを正すことを中心に考えてきた。香港に留学してい た息子と違って、娘は日本の学校で学んだから、とくにそういうことを意識せざるをえな かった。 ディベート・マインドを養うことは、日本の教育では決定的に欠けている。だからわが 家の卓袱台は、まさにディベートの実践道場なのである。残念ながら意見の対立が感情の もつれとなり、親子で数日間口をきかなかったり、お互いに心を傷つけたり傷つけられた り、深刻な行き違いも、何度か経験した。 とくに私と娘の間の感情のもつれは、いったん生じると修復が大変である。 「実際、万季チャンは絶対に義光サンのいうことにはさからわないようです」 だとか、 「その父親の言うがままにタカ派論文を発表する娘──」 なんてものではない。よくもまあ、見て来たような嘘をつけるものである。 虫メガネでチェックするように「特別取材班」が読んだはずの娘の著書『四人はなぜ死 んだのか』の136ページには、フジテレビの『ナイスデイ』への出演を巡って、次のよ うな娘の記述がある。 「私はついに、拒否権を発動しました。 『絶対に、出ないからね!』 ドタキャン、という最悪の事態で、番組にはかなり、迷惑を掛けてしまいました」 香港に留学していて「タカ派養成ギブス」という誹謗を免れられる息子と違い、日本に いて「タカ派養成ギブス」という誹謗を免れがたい娘のほうが、息子のほうより、実は私 には手ごわい。 「実際、万季チャンは絶対に義光サンのいうことにはさからわないようです」 など笑止千万。およそ対極にいる娘なのである。 それにしても、平素から日常的にディベートをしていると、当然のことながら三好家独 自のコンセンサスが形成されていく。だから外部に向かって、あるテーマについて発言す ると、誰がしゃべっても基本的に同じような見解を披露することになるのは、当然のこと としてありうる。 わが家では、家族の誰がしょっているどんな問題でも、必ず家族で相談しあう。私の仕 事のことでも、妻はともかく、息子や娘にはよく話すし、相談もする。基本的に私は、子 どもを大人と分離して、子どもとして扱うことはしてこなかった。 私も息子も、そして娘も、社会に対して文章で発言をする機会は少なくない。美文では なくても、正確な文章を書けるように育てることは並大抵のことではない。本来これは、 学校教育の範疇であるとは思うが、残念ながら今の受験本位の教育の中では、期待するほ うが無理である。だから息子の場合も娘の場合も、私は私にできる範囲で、文章の書き方 を指導してきた。ワープロを使っての添削である。 娘も中学2年生のころから、かなり本格的に、つまり子どもとしてではなく、社会人と して、文章による発信をする機会が増えてきて、今日に至っている。当然私としても、ま ともな文章が世に出るように、細かく見てあげるよう努力してきた。 息子も、娘が世に問う文章については全て目を通し、意見やアドバイスがあれば言う。 とくに今年(平成11年)の1学期、娘が視力を失っている時期は、ワープロ打ちなど、大 いに手伝いもした。そういう意味で、わが家の卓袱台は、一つの工房であり、プロダクシ ョンであるとも言える。 だからといって、いくらなんでも「代作」は酷い。 「自分の書いた文章を下敷きに、言葉尻だけ万季に書き直させているのではないか、そん な疑惑さえ浮かんでくるのだ」 だの、 「だとしたら、15歳の少女がカレー事件の医療過誤を指摘できたことも合点がいく。何し ろ、この父親は前述したように分子栄養学を学んでおり、もともと食中毒や砒素の症状に は詳しいのだから……」 などと、父親による「代作」を臭わせて、言い掛かりをつけられることも無い。 「特別取材班」は面白いことを言う。分子栄養学を学ぶと、食中毒や砒素の症状に詳しく なるらしい。とんでもない買いかぶりだ。砒素の毒性機序ならわかるが、症状は別だ。私 に砒素の症状が分かる知識があったなら、ドラマは全く違う展開になっただろうし、娘の 好奇心があそこまで発展することもなかった筈だ。 そもそも娘の論文をいちいち父親が代筆していたのでは、本人のコンテンツの構成力や 文章力の向上には、全く役に立たない。周知のとおり、娘はその著作について、数多くの マスコミからの取材を受けてきた。テレビへの出演も、断りきれない申し出には応じてき た。 「代作」によって文壇に登壇した『天才少女論客』なら、文藝春秋の最初の論文から1年 以上も経過した今頃になって、 「ここにきてその『天才少女論客』の化けの皮が剥がれはじめてきたのだ」 などというまでもなく、こうした取材やインタビューを通して、とっくに「化けの皮が 剥がれ」てしまっているに違いない。 ところで今の日本の教育において、決定的に欠けているものは、日本の伝統的な文化を 継承する教育である。欠けているだけではない。むしろ日本の伝統的な文化を貶める教育 が、堂々とまかり通っている。「人は環境の子」だとするならば、これほど恐ろしい環境 は無い。私はこのような恐ろしい環境から、必死になってわが子を守るのは、親の重大な 責務であると思っている。 そうはいってもこうした親の立場と、「自分の思想を子供に体現させるために、幼い頃 から『タカ派養成ギブス』をはめ、鍛え上げてきた倒錯した父親──」 とは、まるで別物である。「特別取材班」の筆者たちは、こんなやり方で子どもを育て ることが可能であるとでも思っているのだろうか。そしてそんな子育てをすれば、 「実際、万季チャンは絶対に義光サンのいうことにはさからわないようです」 だとか、 「その父親の言うがままにタカ派論文を発表する娘──」 に育て上げることができるなどと、本当に信じているのだろうか。およそわが家の子育 てとは、180度異なる世界であると言わざるをえない。 歯切れの悪い「代作」説の展開が行き詰まると、今度は「●父親が主催していたマルチ まがい商法」なるものをでっちあげる。 「10月初旬。本誌記者は永田町の貸ホールで開かれた、とある会合に参加した。『合資会 社めだか石鹸本舗』なる会社が主催する『めだか石鹸プロジェクト』というセミナー。い かにもウサン臭そうな名称のこんなセミナーに参加したのは、前述した万季チャンの兄・ 三好正記が同プロジェクトの理事長を努めていると聞いたからである。 だが当日、壇上に上がったのは、兄・正記ではなく、父親の義光だった」 『噂の真相』にも言論の自由があるかもしれないが、ありもしない事実の捏造だけはやめ てほしい。それは明らかに犯罪なのだから。まず10月初旬、永田町の貸ホールで、合資会 社めだか石鹸本舗が、「めだか石鹸プロジェクト」なるセミナーを主催したという事実そ のものがない。『噂の真相』の記者氏は、どのようして開かれてもいないセミナーに出席 ができるのであろうか。 そもそも「めだか石鹸プロジェクト」なるセミナーの名称そのものが、実在する名称で はない。記者氏の創作である。自分ででっち上げた名称を「いかにもウサン臭そうな名称 のこんなセミナー」などといって、意図的に読者をミスリードする。なんとも極悪非道な 犯罪行為である。 合資会社めだか石鹸本舗の有田格氏によると、どんな名称であれ、合資会社めだか石鹸 本舗がセミナーを主催した事実など、創業以来ただの一度も無いという。それでも出席し たと言い張るのであれば、「永田町の貸ホール」などとあいまいな表現をやめて、そのセ ミナーの会場の固有名詞を特定し、明らかにすればいい。その貸ホールの受付に行き、10 月初旬に該当する会合があったかどうかを調べれば、すぐにでもこの嘘はばれるのだ。 それでも「特別取材班」は、さらにでっちあげを続ける。 「ところが、義光はいきなりこう切り出したのである。 『ところで、文明の発達はインターネットビッグバンのような功利と共に、弊害も生み出 しました。合成洗剤等によって環境は破壊され、メダカは今、絶滅の危機にあるので す』」 断じて言う。私は「永田町の貸ホール」でセミナーの講師をしたことなど、ただの一度 も無い。いかなる会合においても、私はこんな台詞を吐いたことが無い。これは絶対に私 の台詞ではない。 直ちに思い当たるフシがある。これは私が書いて、めだか学園の入学希望者に配布して いる「めだか学園設立宣言」をどこからか入手して読んだ記者が、適当に創作した下手な 作文に違いない。ここにその「めだか学園設立宣言」を転載しておこう。ようく比べて見 ていただきたい。 めだか学園設立宣言 800年に及ぶヨーロッパ・ルネッサンスが生み出した西洋合理思想文明は、人類に物 質文明の窮みをもたらし、ついに人の脳細胞にも譬えられるコンピュータの大量生産に至 りました。あたかも乳幼児期の脳神経細胞のシナプスが、爆発的な勢いでネットを形成す るように、激増しつつあるコンピュータも、爆発的速度で、人類文明の脳神経系ネットを 形成しつつあります。そうです。地球規模でのインターネットのビッグバンです。 東洋循環思想文明がリードする次なる800年、今その黎明を予感させつつあるアジア ・ルネッサンスは、地球の文明史上に空前絶後の情報文明の巨大な波を押し広げるでしょ う。800年毎にその役割を交代してきた東西文明の二相交流は、今21世紀という次なる クロスポイントを潮境として、過去の文明の全てを、巨大なパラダイム・シフトの渦に呑 み込もうとしています。 ここに私たちは、人類文明史の次なる800年を拓く抜本的なパラダイム・シフトのう ねりをともに体感し、electronics、environment、ecology、education、economyの5 つのe革命の担い手として、ともに思考し、学び、行動するヒューマン・ネットワークの 構築を、緊急に提案します。 平成11年2月、環境庁は、めだかが絶滅危惧種であることを発表しました。環境汚染の メルクマールでもあるめだかを絶滅させることは、次世代に対する私たちの、永遠に償う ことのできない犯罪となるものです。めだかを絶滅の危機から救うことを最大の目標とし て、重大な決意のもとに、ここにめだか学園の開校を決意するとともに、競争セクターと 共生セクターが均衡しつつ発展する次世代の社会システムを実現にするために、5つのe 革命の推進を、高らかに宣言します。 それにしても恐ろしい。まさに手段を選ばぬ汚さである。フィクションもここまで見て きたように書かれると、たとえ『噂の真相』とはいえ、読者の中には、ひょっとしたらそ んなこともあるのではないかと、ミスリードされてしまうだろう。 さらに読み進むと「めだか学園」の校長である私が、校則を解説するくだりが描写され る。ここに至って、「特別取材班」の嘘は決定的となった。そこに書かれている内容は、 11月7日に改定された最新バージョンの学則なのである。どうして「特別取材班」は、10 月初旬に、11月7日に制定された学則の解説を聞くことができたのか。そんなことは絶対 にありえない。「特別取材班」は、あの手この手で集めた断片的な情報を繋ぎあわせて、 勝手にフィクションをでっちあげているに過ぎない。 その上で、私が提唱している事業に、「マルチ商法」などという言い掛かりを付けてい るのである。それも巧妙に、専門家なるコメンテーターに解説をさせるという例の手口を 使ってである。 「セミナーで配られた資料をもとにマルチ商法に詳しい訪問販売法の専門家にきいてみた ところ、こんな答えが返ってきた。『この団体は2万円以上というマルチ商法の規制の網 をかいくぐって儲けようとする、マルチまがい。ただ、今はこれらマルチまがいでも警察 の摘発の対象になっています。被害者が告発すれば、摘発の可能性も十分ありえます』」 「前出のマルチ商法に詳しい専門家はこう説明する。 『確かにこれでは利益が出ませんね。きっとマルチ商法を狙っているワケじゃなくて、協 会屋で稼ぐつもりなんでしょう』 協会屋というのは事業の設立に際して、出資金を募り、そのまま計画倒産して稼ぐやり 方である」 ここまで想像たくましくフィクションを創作されると、怒りを覚える前に、もう呆れて ものが言えない。「マルチ商法に詳しい専門家」だって? 『噂の真相』の一貫した手口 は、こうしたコメンテーターの活用にあるのだが、コメンテーターの発言を引用する形を 装いながら、そのコメンテーターの正体は、絶対に明かさない。要するに、どんなコメン トでも創作できるのである。恐らくは実在しないであろう「マルチ商法に詳しい専門家」 の参考のために、私のコメントを付けておこう。 マルチレベル・マーケティング・システムすなわちマルチ商法については、無店舗個人 の消費者を保護する立場から、訪問販売法の中で、「連鎖販売取引」として定義されてい る。小売利益以外の特定利益が得られることを謳い、2万円以上の特定負担を課すことが 要件である。 マルチ商法については、書面の交付やクーリング・オフの期間について、一般の訪問販 売より厳しい条件が課されている。クーリング・オフの期間について言えば、一般の訪問 販売の場合、申込みの日から8日間とされているのにたいして、マルチ商法では20日間と なる。それも、商品が客に届けられてからの起算である。 「連鎖販売取引」を定義したこの改定後、加入に際して課す負担を2万円未満とすること によって、特定負担が無いとする脱法商法が蔓延した。わが社は特定負担が無いから、マ ルチではありません、というわけである。例えば加入に際して8千円(現在では2千円) を課していたアムウエイは、自らをマルチ商法ではないとし、クーリング・オフについて も8日間としてきた。そこで、これら特定負担逃れの脱法商法について、マスコミが「マ ルチまがい商法」なる言葉をつくりだして使うようになったのである。 最近の通産省は、件の「マルチ商法に詳しい専門家」の言うとおり、こうしたマルチま がい商法について、たとえ加入時の負担が2万円未満であったとしても、加入後通算2万 円を超える負担が無ければ成り立たないということであれば、それは実体的に特定負担で あり、したがって実質上マルチ商法であるとの見解に立っているようである。 最近アムウエイに関する訴訟事件で発表された判決は、アムウエイについて、限りなく マルチ商法に近い商法であると断じた。しかし形式的には、アムウエイが8日間のクーリ ング・オフを条件に行っている商法は適法なのである。 もともと連鎖販売取引について通産省は、これを禁止する方向での立法を検討したとさ れる。しかし立法技術上連鎖販売取引の定義が難しく、定義の仕方によっては、禁止すべ きではない商法についても定義上当てはまってしまうという矛盾を抱えた。そこで規制立 法とせざるを得なかったという経緯がある。 そもそもマルチ商法やマルチまがい商法に問題があるとされるのは、これらの商法が、 ネズミ講と同様、「無限連鎖による破綻」という宿命を内包し、最終的には多数の被害者 を生み出す構造を必然的に抱えているからである。決して悪質なマルチとか、悪質でない マルチとかがあるわけではない。どんなに良い商品を扱っていようとも、この「無限連鎖 による破綻」という宿命は避けられないのである。 仮に、アムウエイの売る洗剤が特段にすばらしくて、日本中の家庭がアムウエイに参加 していったとしよう。そこで一番最後に参加したアムウエイのディストリビュータ(小売 人)にアムウエイが適用するルールはといえば、あなたがアムウエイの商品をどれだけ売 れば、どれだけの利益が得られるとか、あるいはあなたがアムウエイのディストリビュー タを新しくリクルートすれば云々、ということになるのである。いったい誰に売り、誰を リクルートできるというのであろうか。 問題は、日本で一番最初にアムウエイに参加した人にも、そして一番最後に参加する人 にも、全く同じルールを適用するところにある。公平性と合理性をうたうマルチ商法やマ ルチまがい商法の公平性や合理性は、こうした不公平や非合理性を宿命的に抱えている。 すなわち「無限連鎖による破綻」であり、破綻に向かっての拡販活動、破綻に向かっての 増員活動なのである。 少なくともこの一点で、私はマルチ商法やマルチまがい商法については、基本的にこれ を肯定することはできない。 そもそもマーケティング・プランというものは、それが真に合理的なプランであるため には、そのライフサイクルの時系列の中で、当然のことながら変化していくべきものであ る。最初の1人にも最後の1人にも、同じルールが適用されるマーケティング・プランな ど、どう考えても不合理である。これでは行け行けどんどんで、最後は野となれ山となれ ではなかろうか。 こうした指摘に対しては、反論があるかもしれない。というのは、いくら口コミをシス テム化しているとはいえ、無限連鎖による破綻を迎えるまで、マーケットが無限に拡大す ることは、実態としては考えられない。現実には、それなりの規模にまで拡大すると拡大 は止まり、均衡(平衡)状態あるいは縮小再生産の状態に達するから、無限連鎖による最 終破綻には至らないという理由である。 なるほどアムウエイの現実は、確かに平衡状態である。いやむしろ、縮小再生産に陥っ ているのかもしれない。口コミのシステム化に依存しながら、こうなるのも情けないこと ではあるが、問題は平衡状態の本質である。 平衡状態にあるということは、リクルート活動の停止を意味するものではない。常に新 会員の取り込みは行われている。いやむしろ平衡状態や縮小再生産の状態に陥るほど、焦 りからリクルート活動は過熱する。だとするならば、要するに増員分、あるいはそれ以上 に、退会したり休眠していく会員がいるという意味である。 儲かると錯覚して入会した人が、退会したり休眠するということは、その内の少なから ぬ人が損をしたということである。そうだとすると、マルチ商法やマルチまがい商法の平 衡状態というのは、会員の新陳代謝の状態であり、言い換えれば、被害の慢性的垂れ流し 状態を意味しているのである。 繰り返しになるが、この理由から、私は絶対にマルチやマルチまがいを肯定することは できない。ただし部分的に見ると、肯定できる側面が無いわけではない。少なくとも2つ の側面については、肯定できるものと考えている。 第1は、「口コミのシステム化」を行ったという点である。そしてこのことは、新しい 生活を提案する商品のマーケット開発にとっては、必須であり、きわめて効果的である。 第2は、成果をシェアする合理的ルールを追求し続けてきたという点である。多様なマ ルチレベル・マーケティング・システムが開発されているということは、取りも直さず、 合理的報酬体系のルールづくりを飽くことなく追求してきた切磋琢磨の歴史でもある。 いやむしろ、世間一般のビジネスの方が、この合理的な報酬体系の追求という面では、 実にいい加減であり、遅れている。経営破綻に瀕した銀行の頭取が得る浮世離れした報酬 や退職金に、どれだけの合理性があるだろうか。ビル・ゲイツ氏や孫正義氏が、破格の報 酬を得ることは当然であるとしても、ではその額は、いかなる合理性によって算定される のだろうか。 公務員給与といえば日本の報酬体系のいわば標準である。公務員給与に準じると言われ れば、なんとなく水準も高く、公平な分配であるかのような錯覚を抱く。しかしちょっと 考えてみると、これほど不合理で不公平な分配基準は無いということに気づかされる。 社会主義の分配則ですら、「能力に応じて働き、労働に応じて得る」のである。一方公 務員は、「いくら働いても窓際族と同等に得る」のである。社会主義よりさらに酷い悪平 等の典型ではなかろうか。だから優秀な公務員ほど腐敗しやすい。 マルチやマルチまがい商法の分配則は、少なくとも世間一般にある分配則よりは、合理 性と公平性を実現しようとしていると評価できる。 そもそもマルチやマルチまがいが非難されるのは、口コミをシステム化したり、報酬体 系の合理化・公平化を追求しているからではない。無辜の消費者に被害を生む危険性があ るからである。問題の本質は、形式にあるのではなくて、まさに「被害を生むかどうか」 の一点にある。 被害を生まず、「無限連鎖による破綻」を生じないマーケティング・プランが、口コミ のシステム化や合理的で公平な分配則を追求するならば、そこには、健全で機能的で画期 的な新しいマーケティング・プランが生まれる可能性がある。 被害を生まないということは、いかなる意味でも特定負担(2万円以上の負担)を課さ ないということであり、負担に対しては、正当な対価があるということである。また「無 限連鎖による破綻」を生じないためには、マーケット開拓のライフサイクルのそれぞれの ステージに合わせて、分配則を時系列(ステージ)の関数として考える発想が不可欠であ る。 マーケット開拓の準備段階や初期ステージに参加したパイオニアには、大きな先覚者利 益がシェアされなければならない。その参加者が消費者であるからといって、報酬が大き すぎると非難されなければならない理由は何も無い。 目標とするマーケット・サイズに到達したファイナル・ステージにおいては、口コミ・ システムはその役割を終えているし、また参加者に利益を還元すべき必然性は何もない。 口コミ・システムのルールは解かれるべきであるし、利益の分配則も解消されるべきであ る。そこではすべての消費者が、均等な利益の還元によって、低減された価格のメリット を等しく享受するようになる。 マーケット開拓のアーリー・ステージからファイナル・ステージに至る途中の各ステー ジにおいては、利益の分配は段階的かつダイナミックに縮小されていくべきである。そう すれば、マルチやマルチまがいが宿命的に背負う「無限連鎖による破綻」の問題は、きれ いに解決がついてしまうのである。 「めだかのマーケティング・プラン」はこうして実現した。消費者保護への配慮は完璧で ある。このプランの最大の狙いは、絶滅危惧種に指定されためだかを救う実践を通して、 環境教育を徹底することにある。そのための方法論として、めだか絶滅の最大の原因とも なっている界面活性剤入り合成洗剤の使用をやめ、めだかの餌にもなる安全な石鹸の使用 を推進しようとすることである。 そのためには2つのものが必要である。1つは、機能性の面で合成洗剤に歯が立たなか った従来の石鹸に代わり、機能的にも経済的にも合成洗剤を上回る安全無害な石鹸。そし てもう1つは、強烈なマーケットへの浸透力を発揮するマーケティング・プラン、それも 2年間で所期の目的を達成できなければ、めだかを絶滅から救うことはできない。「めだ かのマーケティング・プラン」は、この要求を満たす未曾有で唯一のオリジナルなプラン である。 もしもこの「めだかのマーケティング・プラン」について、これを論難する者がいるな ら、私の反論は明快である。「めだかのマーケティング・プラン」は、決して消費者を被 害者にしない。「めだかのマーケティング・プラン」は、絶対に「無限連鎖による破綻」 に至らない。反論はこの2点だけで十分であろう。マルチでもなく、マルチまがいでもな い、全くオリジナルなマーケティング・プランなのである。 「被害者が告発すれば、摘発の可能性も十分ありえます」 とのコメントをくれた「マルチ商法に詳しい専門家」氏には残念ながら、「めだかのマ ーケティング・プラン」は、「被害者が告発す」るような危ういプランとは、全く無縁な ものであるということを断言しておきたい。 「特別取材班」は実におそまつな半知半解の解説をしたあとに、 「いやはや驚きではないか。マルチか協会屋かは知らないが、天下の文春から著書を出版 した『天才少女論客』の父親がこんな詐欺商売に手を染めていたとは!」 と大袈裟に驚いて見せる。 残念ではあるが、今の法体系の下では、マルチも、マルチまがいも合法なのである。だ からアムウエイやニュースキンなど、数え切れないほどのこうした商法が跋扈している。 しかも証券界は、シャルレやアムウエイを店頭公開企業として認め、投資家の巨大な資金 の流入に道をつけているのである。 何度も繰り返すが、私はマルチやマルチまがいを否定している。『噂の真相』が本気で マルチを否定する気なら、私を叩くのは、お門違いというものである。 見逃せないのは、「特別取材班」のこんな言い掛かりである。 「しかも、この詐欺商売は、娘の名前で『中央公論』に発表された『パソコン無料配布計 画』を巧妙に利用したもの。娘の論文コピーを配布するばかりか、セミナーではこんなこ とも語っているのだ。『無料配布されるパソコンは私が娘の万季に欲しいパソコンの装備 を聞いて、そのすべてを搭載した機種なんです』」 娘が『中央公論』の9月号で発表した論文は、アメリカでは一般的になっているフリー PC(無料配布パソコン)が、日本でも可能であるということを訴えたものである。その 娘の父親である私が、そうしたフリーPCの可能性を、新しい事業の中で実証しようとし ているからといって、どうして非難されなければならないのか。 「娘の名前で『中央公論』に発表された『パソコン無料配布計画』を巧妙に利用」とは、 いったいどういう意味なのだろう。申し訳ないけど、私は公然と、そして堂々と利用させ てもらっているつもりである。 加えてそのフリーPCの可能性を示すために、それを詳細に明らかにした娘の論文を資 料として提供することに、どんな問題があるというのだろうか。 今年は日本でも「フリーPC」らしき企画がどっと発表されている。これらの企画を見 ていて思うことは、これらの企画は絶対に成功するはずがないということである。タダよ り高いものはない、と言われるが、フリーPCだからといって、決してパソコンはタダで はないのだ。 パソコンをタダにしたしわ寄せは、結局別の形で負担させられる。タダで配るPCには 余計なコストがかけられないので、どうしてもスペック的に魅力のない「型落ち」品にな らざるをえない。こうして「フリーPC」を受け取った者は、せいぜい周囲の「パソコン 通」の雀たちに、寄ってたかって冷やかされるのがオチである。こういう「フリーPC」 が伸びるわけがない。 フリーPCでは、そのスキーム(仕組み)に無理が無く、配られるPCのスペックが、 物欲をそそるものでなくてはならない。公表された調査によると、日本でパソコンを最も 欲しいと思っているのは、高校生であり、そのほとんど90%がPCを最も欲しいものにあ げるという。だとするならば、フリーPCのパソコンのスペックを検討するには、高校生 に聞いてみるのが最善の策ということになろう。 たまたま娘は高校生。加えてパソコンやインターネットを常用している。友達とも、パ ソコンについての話をよくする。だから高校生がどんなパソコンを欲しいかも、とてもよ く分かる立場にいるのだ。娘の話を聞いていると、我われ大人がもつパソコン観と、高校 生のパソコン観の間には、大きな隔たりのあることがわかる。 高校生がパソコンを欲しいと思う最大の動機が、eメールを含めてインターネットへの アクセスであることはいうまでもない。しかしそれだけではない。彼らの生活にとって音 楽や映像は、食よりも関心を寄せる必需品なのだ。彼らはパソコンを、オーディオやビデ オのコントロール・センターにしたいのである。 こういうことを娘から教えられた私が、 「無料配布されるパソコンは私が娘の万季に欲しいパソコンの装備を聞いて、そのすべて を搭載した機種なんです」 と語ることに、どんな問題があるというのだろう。 どうして、「三好義光の過去を知る人々にとってはこうしたことは不思議でもなんでもな いというから驚きだ」 などと言われなくてはならないのだろう。過去を知っていようが知っていまいが、 「こうしたことは不思議でもなんでもない」 どうしてこんなことに、驚いて見せる必要があるのか。とにかく無茶苦茶な言い掛かり である。 そして例のコメンテーターの名を明かすことなくインタビューを引用するという卑怯な やり方を使って、10年に及ぶ私の過去を、まるでダーティな暗黒史であるかのように、全 面的に塗り替えてくれる。 「本誌が取材した人物のひとりはこんな感想を呟いた。『あの人は天性の詐欺師。しか も、ここ10年くらいは子供の存在を利用して、詐欺をやってきた人物なんです』」 そしてまた、別の人物に語らせる。 「当時の彼をよく知る人物は語る。 『毎日新聞の幼児教育相談員室長をやってたとかいっているが、実際は一介のセールスマ ンに過ぎなかったんだ。三好は静岡の書店で、ある全集を驚異的に売り上げたというフレ コミで、毎日新聞の幼児教育の子会社とセールスマン契約を結んだ』 しかも、そのフレコミとは裏腹に彼は幼児教育のテキストを売らずに、ウサン臭い副業 に精を出していたのだという」 固有名詞を並べ上げて、動詞や形容詞や副詞を適当に書き換え、接続詞や助詞を意図的 に操作すれば、どのようなでっちあげも可能になる。まさにそうした見本のようなフレー ズではないか。もともと過去のことだから、何を言われようとも構わないが、売られた喧 嘩は買わざるを得ないし、降りかかる火の粉は払わなくてはならない。 事実はこうである。昭和48年のこと、ある日私の事務所に、当時毎日新聞社出版事業本 部のH氏が訪ねてこられた。 「あなたのお名前を沼津のR社のH社長に伺って、訪問させていただきました。H社長は あなたのマーケティング・コンサルタントとしての力量を、高く評価しておられます。当 社は新規事業として、『モンモン』という幼児教育事業を立ち上げました。残念ながら、 実績が上がらず、赤字の連続です。そこでH社長に相談したら、一度三好さんを訪ねて相 談するように言われたのです。もしよろしければ、社までご足労願えませんでしょうか」 これを契機として、私は毎日新聞社出版事業本部に「幼児教育相談員室」をつくり、責 任者として『モンモン』の成功のために全力を投入した。 「ある全集を驚異的に売り上げたというフレコミ」など、してもいないし、する必要もさ らさら無い。私が当時で百年の歴史をもち、強力な外販部隊を抱えていた沼津のR社で行 ったのは、大手出版社のO社が、社運をかけて初めて発売することになった百科辞典のテ ストマーケティングの仕事である。 残念ながら私は、58歳の今日に至るまで、セールスマンという仕事をやった経験がまる で無い。 「しかも、そのフレコミとは裏腹に彼は幼児教育のテキストを売らずに、ウサン臭い副業 に精を出していたのだという」 そもそも『モンモン』は、何かのテキストを売る事業ではない。総合的な幼児通信教育 であって、教材は歌や遊びのレコードが中心だった。ここでも「特別取材班」は、いい加 減な取材をし、見てきたような嘘を書き、しっぽを出してしまっている。 『モンモン』の経営は急速に上向きに転じ、TBSでは、幼児教育番組『モンモン』をス タートさせた。一時期はフジテレビの『ポンキッキ』と並ぶ幼児教育番組の双璧であった のだ。こうしてこの事業は、毎日新聞社本体から独立し、「毎日新聞通信教育センター」 となっていったのである。 私は『モンモン』事業の文字通り立役者として大いに感謝された。そのことは「毎日新 聞通信教育センター」の2代目の責任者に就任したT氏が、私の結婚式の仲人であったこ とが物語っている。また毎日新聞社は、その後の私の事業についても、雑誌の誌面を提供 したり後援してくれたりと、何かにつけて応援してくれた。 こうした私と毎日新聞社の当時の関係を証明してくれる人物はいくらでもいる。とくに 当時『モンモン』の開発に協力し、印刷物のほとんどを引き受けていたK印刷工芸のS社 長などは、最も詳しく当時の事情を知っている人物の一人である。 ドラえもん顔負けの『噂の真相』は、いくらでも「真相」を作り出すことができるよう である。「だが、ほどなく三好が別の事業にカネを注ぎ込んで失敗し、赤字企業に転落。 そのまま会社は休眠状態となってしまった」 ここまで叩かれているのだから、叩かれついでに、私もあえて私の恥を話そう。この事 業で失敗した真の原因は、乗っ取りである。私の失敗は、代表取締役を二人にしたこと。 経理の全てをそのもう一人の代表と、彼と気脈を通じた税理士および経理担当者に任せて しまい、銀行印だけでなく、実印もすべて預けてしまっていたことである。 そして私の知らないうちに、数社に及ぶグループ会社の登記を勝手に書き換え、計画的 に乗っ取ったのだ。お人よしの私は、自らの不明を恥じる余り、この犯罪を追求する気に もなれなかった。しかし重ねて残念なのは、乗っ取られた会社が、その後の彼らの舵取り の不始末によって倒産してしまったこと──せめて生き残っているなら、乗っ取られ甲斐 もあるというものであるが…… 裏切った人間は、裏切りが明らかにされることを恐れ続ける。裏切った相手の沈黙は、 裏切った側の不気味な不安を掻き立てるのであろう。そんな中で、裏切った相手側の子女 が世に出ていくことが、いたたまれなくなるのかもしれない。その不安と嫉妬を持ち込む 先が、「便所の落書誌」とも言われるブラック・ジャーナリズムでしかない。何とも悲し しいことである。 「当時の同僚はこう語る。 『彼は当時から、小学生の息子が留学している香港に銀行を作りたいなどと、資金もない のにデカい事を言うタイプだった』」 こういうことを言えば、「当時の同僚」が誰であるか、私には固有名詞が分かってしま う。どうしてそこまで、気が回らないのだろう。こんなことで日本人の性格の陰の部分を 見せつけられると気が滅入るものであるが、そこにいくと、華僑の中には太っ腹な人物が いるものである。 息子を香港に留学させたことによって、私は香港でもいろいろと人脈に恵まれることに なった。その中の一人が香港の保険王、グランド・ユニオン・グループのUさんだった。 香港で金融の勉強をしたいと言っていた私の話を伝え聞いたUさんは、初対面の私に、い きなりこう言ったのである。 「私のグループに、DTC(デポジット・テイキング・カンパニー=定期預金だけで普通 預金をもたない金融機関)が1つあります。三好さん、董事長(頭取)になって、経営し てみませんか。三好さんが50%。私は50%のオーナーで十分」 突然の申し出に驚いた私は、こう聞いた。 「どうして初対面の私を、そこまで信用されるのですか?」 この質問に対するUさんの回答はこうだ。 「私、保険屋だから、日本の保険会社みな知っています。香港にも、日本の保険会社のエ リート、たくさんいます。でも私、この人たちには、半分だけオープン・マインド。この 人たち、みんな東京見て仕事するでしょ。三好さんは、大事な息子を、香港に質入れして います。息子さん、担保です。三好さんは東京見て仕事する人、違います。だから私、三 好さんには全部オープン・マインド」 いろいろと検討した結果、結局私はこの申し出については辞退させていただいたが、こ ういう状況を私が話題にしていたことが、今になると、 「彼は当時から、小学生の息子が留学している香港に銀行を作りたいなどと、資金もない のにデカい事を言うタイプだった」 という件の「当時の同僚」の話になってしまう。 その上、止せばいいのに、 「最初の奥さんと離婚したのもこの虚言癖と、いい加減な性格が原因だった」 などと口を滑らせてしまう。せっかく「特別取材班」が、「当時の同僚」という形で匿 名を配慮してくれているのに、何も、 「『当時の同僚』とは私のことです」 などと自白するようなまねをするのだろうか。自分がやっていることは間違いなく犯罪 なのに……。そんなことだから、乗っ取った会社まで潰してしまったのだろう。 「特別取材班」曰く。 「実際、三好が過去に立ち上げた事業は数限りない。英語の教材販売会社、日用品雑貨の 販売会社、さらには『あいこうぷ2000』なる生活協同組合……しかも、そのどれもが いかにもウサン臭いシロモノだった。 『あいこうぷ2000なんて、ファックスで注文をやりとりするかたちの生協だというん だが、ウリにしていたのは農薬も肥料もいらない不思議な水「緑精五〇〇」なる水だから ね(笑)。うまくいくわけが無い。実際、90年頃には借金が膨らみ、所有していた大久保 のマンション2部屋も借金のカタにとられ、仕方なくアパートに移っていた』」 どこでどんな資料や証拠を集めたのか知らないし、一々反論する気にもなれないが、私 は英語の教材販売会社、日用品雑貨の販売会社など、一度も起こしたことは無い。私が経 営者として起こした事業と、私が経営コンサルタントとして関わったクライアントの事業 をごっちゃにされたのでは適わない。 「あいこうぷ2000」についていえば、これは私の人生の中で、起業に失敗した最大の ケースである。これについては、私が過去を総括して、今後の経営に教訓を生かすために も、後に譲って詳細に検討しておこう。 ということで、ここでは先に進む。「ところが、この惨状を救ったのが子供の存在だっ た。前述のように息子・正記が司法試験の1次試験に合格。週刊誌などで話題になり、父 親である義光にもスポットがあたったのである。義光はこれを利用して、『教育コンサル タント』の肩書で活動を始める一方、この息子を利用する形で、新たな詐欺商売を始め る」 適当にネタ集めして、つじつま合わせをしていると、こういう破綻をきたしてしまう。 息子が司法試験の1次試験に合格したのは、「あいこうぷ2000」の発起人会が活動を 開始した翌年のことである。当時わが家は、練馬区西大泉の一軒家であった。「あいこう ぷ2000」の失敗による「惨状」は、息子が高校3年生の頃であって、司法試験1次合 格の3年後のことである。 このように時系列を無視した記述をしながら、「新たな詐欺商売」について、 「そのやり方というのが、息子の名前を使って資金を掻き集めてはトンズラするという、 まさに「協会屋」商法だった」 「義光から話を持ちかけられたある学生起業家がこう話す。 『コンピュータビジネスといっても学生相手にパソコンを売るマルチ商法です。当時で50 万円はするパソコンを売って、手数料でバカ儲けっていう話でした。ウサン臭さの固まり で、義光に紹介される人物は、マルチ商法あがりやら、自称占い師。会社をつくる段にな ると、これらの人々と一緒に役員になって、代表取締役になる息子の正記を支えてほしい って言い出したんです。結局、カネだけ掻き集めて、すぐに休眠状態にしてしまいました が……』」 『噂の真相』は「真相」のメーカーであり、商社である。勝手に「真相」を捏造するかと 思えば、いかがわしいネタを、いかがわしいメーカーから仕入れて、これを「真相」と称 して販売する。 出所を隠している限り、嘘もばれない。でも頭を隠して尻を隠さないから、すぐにも仕 入れ先がばれてしまう。この「学生起業家」などについても、もう少しうまい活用の仕方 はできないのだろうか。 この「学生起業家」、最近「K」や「S」などの雑誌などにも取り上げられたことのあ る26歳、S社社長・Sに違いない。「義光に紹介される人物は、マルチ商法あがりやら」 としゃべっているが、事実は真っ逆さまで、Sを紹介してくれた人物こそ、何かのマルチ 商法に参加していた人だった。もちろん、だからどうだという気はない。 「自称占い師」。そういえばいました。実はチョコチョコ押しかけられて困っていたので ある。パソコンお見合いシステムを作りたいという相談だった。たまたまはちあったから 紹介したまでのこと。役員になんてとんでもない。 記事全体の流れを見れば分かるように、この「特別取材班」は、何としてでも「三好= マルチ=詐欺」というイメージの「ギブス」を、私にはめようとしているが、私のマルチ に対する考え方は、すでに紙数をかけて詳述したとおりである。 「ウサン臭さの固まりで」という証言は、こちらから「のし」を付けてSに返さなくては ならない。実はウサン臭さの固まりだったのはSのほうである。 「大学サークルを利用し、広告代理店からのアンケートの下請けや、当時は競争の激しか った移動電話の加入者の獲得の代行を事業にしていた」(S誌) 売れなかったパナソニックのゲーム機『3DO』のモニター集めなどにも手を出してい たが、とても「学生起業家」とはいえないいい加減さがあった。本人自身当時を振り返っ て、S誌のインタビューにこう答えている。 「でも、5年前に1人でやっていた頃のほうが辛かった。大きなことができず、焦りまし たよ」 焦っていたSのほうこそ「役員になって、代表取締役になる息子の正記を支えてほしい って言い出し」てほしかったのであろう。もちろん私も息子も、そんなお願いをするわけ もなく、むしろこちらからSを遠ざけたのである。 こんな「学生起業家」に、「結局、カネだけ掻き集めて、すぐに休眠状態にしてしまいま したが……」 などと言われる覚えは全く無い。もちろん株主からの浄財は、今も貴重な資本金として 活用させていただいている。 あれから5年、今では雑誌にも載る成功者でありながら、どうしてこんな意趣返しをす るのだろう。S自身が言ったという下品な表現を借りるならば、よほど「手数料でバカ儲 けっていう話」に、未練があったのだろう。 「競争の激しいネットベンチャーでは、順調な現在でも不安を拭えない毎日」(S誌タイ トル)の中で、たまたま『噂の真相』が提供したひととき不安を拭える憂さ晴らしのイン タビューで、言いたい放題を言ったのであろう。S君に言う。『噂の真相』に人を売って どれほどの名誉になるというのか。少し賢明になって、「20代のうちに世界市場に参入す る」目標を達成してもらいたい。 「特別取材班」は、アスワン21の後継事業であるオープン・ネットワーク・エンタープラ イズに対しても誹謗を忘れない。厚さ1・5センチにも及ぶオープン・ネットワーク・エ ンタープライズの事業計画書は、100冊にも及ぶ冊数が世に出て行った。 その中で、郵政省からはCS放送の認可を得、東京都および豊島区からは、創業支援資 金および起業資金、合計2200万円を借り入れた。JESAの公開支援対象事業第1号 にもなり、東京都からは1年半にわたり、創業支援スペースの貸与を受けた。 オープン・ネットワーク・エンタープライズに対する攻撃の手法も、相変わらず「資金 だけ掻き集めて」とくる常套手段である。曰く。 「放送認可が下り、チャンネルも割り振られたにもかかわらず、番組制作する段になっ て、放送免許の返上を申し出てしまったのである。 当時を知る関係者が話す。『ようするに資金だけ掻き集めて、何もしない典型的な詐欺 の手口です。もちろんすべてを仕掛けたのは、義光ですよ。一連の事業立ち上げの際、メ ディアは息子の正記を『パソコンを駆使する学生起業家』として紹介していたけど、彼は 単なるパソコンオタク。金儲けできるようなタイプじゃない』 まさに息子は義光にとって詐欺商売の格好のダミーになっていたのだ。そして今度は、 万季チャンの『中央公論』論文をそのまま利用した『めだか石鹸』である。」 そして最後、「特別取材班」の結論はこうだ。「もうおわかりだろう。『天才少女論 客』三好万季は父親が自分の商売のために作り出した〃装置〃なのである。万季チャンが 背負わされているのは『タカ派養成ギブス』どころか、『詐欺の片棒』。そいいう意味で は万季チャンはむしろ犠牲者と言っていいだろう」 「当時を知る関係者」が、なぜ「資金だけ掻き集めて」などと、見え透いた嘘を言うのだ ろう。はっきり言おう。ただの1円だって集めていない。さらに言おう。アスワン21以来 オープン・ネットワーク・エンタープライズを経て今日まで、ただの1台のパソコンだっ て、売っていない。 ひたすらパソコン販売の企画を深め、マーケットを調べ、計画を練り直し、シミュレー ションを続けてくる中で、ついに「パソコンは売らない」という、事業計画の大転換を行 ったからである。そして、それは大正解だった。 アスワン21の株主以外、1円の資金も集めなかったこと、1台のパソコンの販売もしな かったこと、そしてCS放送の認可を返上したこと、すべて大正解であった。 この5年間、パソコン・ハードの付加価値は、つるべ落としに薄くなっていったのであ る。パソコンを販売する時代は終わった。そして「フリーPCの時代」が目前にあった。 一足先にアメリカは、急速にフリーPCの時代に突入していった。 日本にも急激にフリーPCの時代が来ると読んだ。アメリカのフリーPCに追随する日 本のフリーPC事業が、雨後の筍のごとく輩出することも予想した。そんな中で、私、息 子、娘の3人は、日本型フリーPCが、アメリカのフリーPCとは根本的に違ったものに なるという議論を、連日熱く交わしていた。わが家の卓袱台は、日本型フリーPCのス キームについてディスカッションする3人の熱気で、お湯が沸くほどだったのである。 こんな中で、高校に入学したものの、入学後すぐ、その余りにも寂しいネット環境に ショックを受けた娘が、その問題意識を書かずにはおれない中で書いたのが『中央公論』 9月号の「全中高生に無料でパソコンを!」だったのである。筆者は娘であるが、その論 旨は、当然わが家の卓袱台が共有するものであった。 この娘の論文にたいする「特別取材班」の態度は、どう考えても理解に苦しまざるをえ ない。父親でありわが家の卓袱台の上座に座れる私が、娘の作品フリーPCの解説の資料 として「利用」することを、なぜこんなにも攻撃しなくてはならないのか。どうして「巧 妙に利用」ということになるのか。 「詐欺の片棒」三好万季は、今や「日本型フリーPC事業の相棒」として、欠くことので きない人材に育っている。 「そういう意味では万季チャンはむしろ犠牲者と言っていいだろう」 という娘に対する不遜な憐憫は、 「そういう意味では万季チャンはむしろ協力者と言っていいだろう」 に書き換えておかなければならない。 以上「あいこうぷ2000」に関することは第2部に譲るとして、「特別取材班」の中 傷記事のほとんど全ての論点について、いかに犯罪的に酷い捏造やすり替えやでっち上げ が行われているかを分析し、追跡してきた。 第1部を終わるに当たって、なぜこのような犯罪的な雑誌が、言論の自由を盾に、好き 勝手に暴力をふるうことができるのか、その点について考察しておきたい。 結論から言えば、名誉棄損などの人権蹂躙についてこれを告訴し、損害賠償を請求して も、裁判所の判決では、極端に少ない額しか認められないという日本独特の司法環境があ る。これがアメリカ並の賠償額だったら、名誉棄損などの人権蹂躙犯罪について、大きな 抑止力となるのであるが……。 『噂の真相』の出版だってビジネスである。ビジネスである以上、コストパフォーマンス を計算しながら、商品を生産し、販売する。犯罪の一線を越えて叩いても、被害者に泣き 所があれば、告訴はしまい、ということも、確率的に計算しつくしている。 年間何本かの告訴を受けたところで、痛くも痒くもない。告訴の展開によっては、話題 が広がり拡販につながる。もともと敗訴を避けるために、筆を抑制する必要など少しも無 いのである。それでは、面白い記事は書けない。危ない橋を渡ってこそ売上はあがる。告 訴を受けて敗訴しても、どうせたいした賠償額にはならないのだ。そんな金は、拡販経費 だと思えば安い安い。 こうして『噂の真相』は、アノミーを培養基にしながら、そのビジネスをどこまでも増 殖させていくことができる。抗生物質にたいして耐性が強くなった『噂の真相』に、判決 が下す賠償金額は、まるで効き目の無いペニシリンにすぎないのだ。 しかし私たち親子は、絶対に泣き寝入りしない。娘のウェブサイトの掲示板に、「めだ か」と名乗る投稿者から、次のような挑発発言がきた。 「噂の真相を名誉毀損で訴えてみてはいかがでしょうか。勝てる見込みがあるならね。訴 えるお金はたんまり有る筈にゃ」 もちろん訴える。民事、刑事の両面から徹底的に闘う。裁判所という1つの法廷だけでは なくて、1億2千万の日本社会という、これ以上巨大な法廷は無いと言える大法廷におい て、この「噂の真相特別取材班」の凶暴な人権蹂躙を、全ての国民の良識の前に訴える。 そして、コストパフォーマンス上、このような悪徳商売が絶対に黒字を生まないという ことを思い知ってもらうまで、矛は絶対に収めない。 第1部終わり 平成11年12月16日 三好義光 |